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山口県萩市の陶芸家の名跡、坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)

400年の伝統を受け継ぐ、山口県萩市の萩焼の窯元、坂高麗左衛門です。
2014年に当主だった13代が死去したことで、次の坂高麗左衛門を襲名するのは誰なのかが注目されています。

※写真はイメージです

坂高麗左衛門とは?

坂窯は、毛利輝元により萩に移り住み、兄李勺光と共に萩焼を始めた朝鮮人陶工の李敬を初代としています。
三輪休雪の三輪窯と同じく、萩藩の御用窯を務めてきた歴史があり、萩焼の本流をこれまで受け継いできた由緒ある家柄です。
毛利氏が萩に城を移し、その後、萩城下松本村に窯を開きました。以後、二代藩主毛利綱広より、「高麗左衛門」の名を名乗るようになりました。そして、2004年の12代まで窯が継承されてきました。
ところが、12代が転落事故で亡くなった後、7年は坂高麗左衛門の名跡は空位でした。2011年に女性の13代が襲名しましたが、2014年に肺炎で亡くなりました。

12代坂高麗左衛門について

12代の坂高麗左衛門は、1949年に東京都に生まれました。本名は達雄です。東京芸術大学大学院日本画専攻を修了しています。
1982年に11代坂高麗左衛門の長女と結婚したことで、萩焼宗家に入ることになりました。
京都市工業試験場での研修を受けた後、山口県萩で作陶活動を開始しました。12代坂高麗左衛門を襲名したのは、1988年です。
1994年には、日本工芸会正会員となっています。
12代は、11代と同じく、婿養子として萩焼宗家の伝統のある、坂家に入っています。
伝統を受け継ぎ、新しい風を吹き込んだことで高い評価を得ることができました。
12代は、大学で専攻した日本画を基に、萩焼に上絵付けを施し、独自の表現を行いました。
ところが、2004年に転落事故で脳挫傷のため突然死去し、7年後に11代の四女が13代坂高麗左衛門を襲名することになりました。

萩焼の伝統を受け継ぐ、坂高麗左衛門窯

萩焼の伝統は、すでに400年以上の歴史を誇ります。豊臣秀吉の時代、毛利輝元が朝鮮の兄弟を伴って帰国したことから始まったのが、萩焼のルーツです。
毛利氏が萩に城を移し、萩城下松本村に開窯、二代藩主綱広公より、「高麗左衛門」の名を賜り、その後、坂高麗左衛門と名乗るようになったものです。
現在も、萩焼の宗家としての伝統を受け継いでいます。
現在の坂高麗左衛門窯も、東萩・松本の観光名所として知られています。

 

歴代の坂高麗左衛門の萩焼の作品も、骨董品買取のマルミで鑑定を行います。
近年では、坂家を襲名できる人物が少なく、空位となっており、歴代の坂高麗左衛門の作品は、より一層貴重な品物となりつつあります。

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